父と娘の中学受験

子供と二人三脚で頑張る中学受験の記録です。

受験期間や本番に大切なこと

今回は中学受験で最も重要と言える

受験期間や本番に大切なこと

を忘れない内に書いておこうと思う。

 

1.絶対に合格するという気持ちを強く持ち続ける

よほどのトップ層でない限り、中学受験に絶対合格はない。100%合格可能性の判定がないのは、残り20%は当日のコンディション次第でどうなるか分からないということだ。

1月の前受校で、一度不合格だったが問題のミスで合格に切り替わった時、本当に1、2点の差で合否が分かれるのだと痛感した。

合格がなかなかもらえず、2月の受験期間後半にもつれればもつれるほど、みな疲弊してくるが、それでも何としてでも志望校に合格する、と諦めず気持ちを強く持つこと。1問でも1つでも多く、他の受験者よりも正解しようと真剣に試験に取り組むこと。それがとても重要だと思う。

当たり前のことだが、これまでどんな成績を取っていたかどうかに関係なく、本番の試験では1点でも多く点数を取った子が合格する。中学受験は勝負であり競争だ。普段の成績が娘よりいつも低かった子が、娘が不合格だった試験に合格していたこともあった。

最後は1点の勝負になるので、本人が合格したいという気持ちと強いメンタルがとても大切。


2.持ち偏差値は点ではなく点数の幅で見る

6年の合不合、最低偏差値〜最高偏差値を見て受験校を決定していくが、本番のコンディション次第では、最低偏差値程度の実力しか出せない可能性もある。

複数回受験機会のない学校だと、たった1回のチャンスで合格を掴み取らないといけない。2/1AMが第一志望の場合は、2月の本番期間が始まる初日に合格しなくてはいけないが、これが本当に難しい。

娘の塾の知り合いや友人の話を聞いても、初回で合格して受験を終えられている子は全体の3%程度という印象。

経験上は、最低偏差値−5が「本番で本人がどれだけ失敗して普段の実力を出せなくても合格できる学校。志望校対策はほとんど不要」

最低偏差値が「安全校の候補として適切、過去問を一度は解いて受験校とするか判断すべき学校。志望校対策は少なくて良い」

平均偏差値-5が「併願校の候補として適切、過去問を一度は解いて受験校とするか判断すべき学校。志望校対策は必要」と考える。

娘は10月に受けた合不合で偏差値61まで落ちたので、最高70〜最低61なのだが、合不合6回分を平均すると67。これが一般的に持ち偏差値と呼ばれるものだし、親としてはこの値のみで志望校を決めたくなるが、それだけで判断するのはとても危険だ。

2024年度入試の結果偏差値が四谷大塚から発表されたが、1月の前受校が65、第2志望校は66で、どちらも娘は一度不合格であった。逆に68の第4志望は一度で合格できているが、この学校は過去問との相性が良いことが、早い時期に(秋頃には)分かっていた。

なお、難関校〜最難関校(偏差値63以上)を目指す子が、自身の最高偏差値以上の学校にたまたま合格できることは0ではないが、ほとんど無いに等しいと思っておくべき。合格できたら奇跡だ。どの学校も他の子にとっての第一志望になるため、よほどトップ層でない限り、志望校対策にどれだけ時間がかけられるかが合格のポイントになるはず。複数の学校の志望校対策がそれぞれ悔いなくしっかりとできるほど、6年の後半に時間的余裕はない。

できれば、志望校よりもさらに高い偏差値帯に届くように中学受験初期から勉強を進めるか、第一志望校で特待基準達成やトップ合格を目指して勉強を進めるくらいでないと、本番での余裕はないと考えておくのが良いと思う。

 

3.楽観視は危険

当然他の子も同様に頑張っているので、自分の子だけが志望校にスムーズにたくさん受かる、なんてことはありえない。

1回の受験で合格して受験終了する子や、全勝する子もいるだろうし、ネットやSNSではそういう子をよく目にするかもしれないが、娘の周囲は決してそうではなく、本番に苦労した子がとてもとても多かった。

とある学校を熱望し、親が熱心に塾に足を運び塾長との面談や様々な対策を打ったが、偏差値が届かず、それでも受験はしたもののやはり不合格だった子

姉が中学受験をしたからという理由で4年から3年間通塾したが、併願校含め全落ちしてしまい、公立に行く子

2/1から2/3まで全て不合格、たまたま持っていた英検3級が使える学校があることをその時に初めて知り2/4に合格した子

1月から2/4まで7回受験して全て不合格、2/5に当初受験予定のなかった学校を受験して合格し、そこに通学する子

第一志望校に合格するのは、本当に本当に難しいことなのだ。

親がその子の成績をしっかりと把握して受験校を判断しないと、不合格を何度も経験させてしまうことになる。皆はじめは楽観視してしまうものだと思う。うちの子は大丈夫、と過信してしまうのだと思う。我が家も実に楽観的過ぎていた。四谷大塚では組分けテストや合不合などは実際に学校の試験会場で受験することができるが、これまでどれだけ緊張してもきちんと結果を出せることが多かったので、きっと本番も大丈夫と安心しきってしまっていた。結果的に不合格を何度も経験し、それはとても浅はかだったと知った。最低のケースは必ず想定しておくべきだ。

 

4.複数受験の大変さ

複数回受験できる学校は受験しやすいと思っていた。1回目がダメでも、2回目3回目とチャンスがあるからだ。複数回受けることで試験内容や受験環境に慣れ、実力が出しやすくなるとも思っていた。

しかし、複数受験は想像以上に大変なことだった。不合格を何度も経験するので「また落ちるんじゃないか…」という気持ちになりメンタルが落ち込むこと、毎朝早起きして受験しに行くことで徐々に体力が落ちていくこと、受験直後に復習するので「何であの問題が解けなかったのだろう…」と考えすぎてしまうこと。

複数回チャンスはありがたいし、娘は複数回受験したことで合格を掴めたが、思っていたよりもはるかに堪える受験期間であった。そして、毎日何かしらの結果が出て、すぐに翌日からの作戦を考えなければならない。どれだけ綿密に計画していても、そのジェットコースターのような毎日は親自身も疲れてしまう。だが、そんな時でも家庭は努めて明るくしなければならないし、落ち込んだ様子を本人に見せてはいけない。その時、一番頑張っているのは子供自身であり、毎朝早起きをして極限の緊張状態で受験を続けるだけでも、素晴らしいことだ。

 

5.結果がどうであれ子供の頑張りを認める

まだ小学生の受験なので、子供は親の期待に沿うよう必死に頑張っている。

受験期間中どれだけ結果が伴わなくても、本人を責めるようなことは絶対にしないでほしいと思う。

ほとんど親の見栄で受験をさせ、不合格だったからといって、学校の友達に「初めから受験なんてしていない」と嘘をついて振る舞っている子がいた。

とても情けない気持ちになった。

その嘘は親が子供につかせた嘘なのか、本人が不合格を恥ずかしいと思ってついた嘘なのだろうか…。

親が期待するより子供が頑張っていないように見えたとしても、

何時間も机に向かったり、週に何日も重過ぎる荷物を背負って塾に行ったり、塾の先生に叱られたり、緊張下で試験を受けたり、成績がランク付けされ他人に開示されたり、夜遅くまで勉強したり、好きなことを我慢したり、土日も休みがなかったり…書ききれないほど、普通の小学生がする当たり前のことをせず、中学受験をしている。

志望校を目指して頑張ったけど不合格だった

ただそれだけのこと。本人の努力が消えることは絶対にないし、身についた学力や学習習慣はそう簡単になくなるものではない。だから、中学受験で志望校を目指して頑張った子はそれだけで胸を張るべきだし、何も知らない第三者に偏差値や合格不合格について何か言われても全く気にしないで良い。

結果が伴わなくとも目標のゴールを目指して真剣に頑張った経験は、必ずその子の将来役に立つと私は信じている。

合格の秘訣③

リアタイではさほどアクセスの無かったこのブログ。最近少しアクセス数が伸びたのでしっかり②の続きです。

 

11.モチベーションを保つ

クラスが1つ上がったらご褒美1つ、特待生判定回の組分けテストでSが取れたら、S2以上になったらご褒美2つ、などのご褒美制度を取り入れていた。ご褒美でモチベーションを上げるのは良いことなのか悩んだこともあるが、本人がそれで頑張るので良し、と途中から切り替えた。

そのおかげもあってか、中学受験全期間を通して娘のやる気が落ちたと感じたことはほとんどなかった。(多すぎる宿題に文句は言っていたが、キレたり癇癪を起こしたりぶつかったりということも、もちろんなかった)

他にも、四谷大塚の週報に成績優秀者として実名でランキングに載ることや、通っている塾では成績次第で選んだ景品がもらえるシステムがあったので、それら一役買っていたのかもしれない。

本人が楽しく勉強を続けることができるように工夫をしてあげることはとても大事だと思う。


12.寝る

娘から聞いて耳を疑ったが、6年に入ると同じ塾の男の子に深夜1時頃まで勉強している子がいた。その他の子も0時を超えるのは普通だったらしい。男の子はそれでも体力が持つのかもしれないし、帰宅後のお父さんと勉強しようとするとその時間になってしまうのかもしれない。

しかし、娘は絶対に23時には寝かせるようにしていた。そして、朝はのんびり7時半起きとし、必ず8時間以上の睡眠は確保するよう意識していた。

勉強した内容は睡眠で定着するものと考えていたこと、娘は寝不足だとパフォーマンスがものすごく落ちること、毎日休みなく何時間も勉強しなければいけないので、体力と気力が持つように睡眠は大切にしていた。


13.たまには息抜き

6年も後半になると土日も特訓があるのでほとんど休めない。なので、合不合判定テストやSAPIXオープンなどの模試の日は、終わった後に何も考えず遊ぶようにしていた。色んな場所で試験を受けるので、その場所で行きたいところに行ったり食べたいものを食べてリフレッシュしていた。娘は図書館が好きで、模試会場周辺でよく図書館を探して巡った。(親も娘の模試終わりを待つ時間は図書館にいることが多かった)港区立三田図書館が最もお気に入りで、模試は芝国際中学校でよく受けたがっていた。

6年にもなると、午前に模試を受けた後も試験内容を忘れないよう、午後にすぐ見直しをする家庭は多かった。我が家もそうするべきか、と悩んだこともあったが、12月の最後の合不合まで午後だけは思いっきり好きなことをした。結果的にそれは良い息抜きになって良かったと言える。ごくたまにでも、休んで好きなことを楽しむことで、また翌日から頑張る気力が湧いたのだと思う。

 

14.家族の協力

娘には弟が2人いるが、勉強は常にリビングでしていた。つまり、下の子達は娘の勉強中に好きなことができない。ゲームも買い与えなかったし、勉強中のテレビも禁止。長男はゲーム盛りの年齢なので一時期は不満を吐露していたが、姉が真剣に長時間勉強するのを見て、次第に何も言わなくなった。

私が娘の勉強に付き合う間は妻が息子2人の面倒を見、妻が娘の模試に付き合う日は私が息子2人の面倒を見た。土日は娘の勉強最優先とし、家族全員で出かけることは小5から一気に減った。それでも、家族一丸で中学受験に臨むことで家族の一体感は強まったと思う。

勉強は孤独で中学受験勉強は過酷だ。何年分も先取りしたカリキュラムを信じられないスピードで学ぶ。まだ小学生が1人で、家族が別の何かで楽しんでいる横で、集中するのは不可能だと思った。家族みんなで一緒に頑張ろう、というスタンスは初めから一度も崩さない覚悟をしていた。

本番期間中もどれだけ結果が伴わなくとも、家族は笑顔で、できる限り普段の生活を貫いた。

私自身は3年間の受験期間、自分のできる限りのサポートをしたので「これで無理ならそもそも難しいチャレンジだった」と割り切る覚悟はできていたが、初日に受けた第二志望に落ちていることを黙っていたがやむなく第一志望のラストチャンス前日に伝えた時、初めて娘が泣いた。

中学受験期間を通して初めて「この選択は果たして合っていたのか」と自問自答をした。

ただその時も、弟が娘と一緒に泣いてくれ「お姉ちゃんが合格できないわけがない」と純粋に言ってくれ、気持ちが随分救われた。娘も何か吹っ切れたのか、最後のチャンスを見事に掴むことができた。

家族の暖かなサポートや応援は、必ず本人の力になる。どれだけ結果が悪くても、本人は必ず頑張っている。そのことを家族が認めて信じてあげること。

これは本当に本当に大切なことだと思う。

合格の秘訣②

4/5に入学式があり、娘は正式に第一志望校の学生となった。3年間の努力が報われ、晴れて生徒として6年間の学生生活を送ることになること、本当に誇りに思う。

 

前回記事の続きである。

9.過去問を適切に管理、使用する。

過去問管理。我が家は本当に悩まされた。理由としてはいくつかあるが、秋から始まった土曜の御三家特訓で第二志望校を、日曜の志望校対策講座で第一志望校の過去問を授業内や宿題として取り組むため、何年度の何回目の問題を解き終わったのか管理が非常に煩雑であり、家庭で何を取り組めば良いのか選択が非常に悩ましかった。

加えて、娘は塾で取り組んだ過去問プリントを溜め込むタイプ。過去問は学校毎の分析シートにその都度、自分の点数、合格者平均点、受験者平均点、合格者最低点を書き、4科目で何が足りなかったかを分析して提出する宿題が出ていたが、試験後すぐに書かないので忘れてしまうのか、まともに書いているのは数回であった。(何度か塾から提出を促す電話がかかってきたが、改善することは最後までなかった)

過去問の家庭学習方法について教室長からは「志望度の低い学校から取り組むこと」「1週間にせいぜい1回分しか取り組む余裕がないことを念頭にスケジュールを組むこと」「合格平均点ではなく最低点に達するよう、毎回本番と思って取り組むこと」「自己分析シートに四教科の反省点を必ず書くこと」「受験本番と同じタイムスケジュールで解ける時はそのようにすること」「間違い直しで分からない問題は必ず聞きに来ること」「一定以上の学力の子は一度間違えた問題は覚えてしまうため再度同じ問題には取り組まなくて良い」

とアドバイスをもらっていた。

過去問は初めの内、本人も親も想像している以上に解けない。そのため間違いを直すのに、ものすごく時間がかかる。過去問に初めて取り込んだ際、教室長のアドバイスを無視して第一志望校のだいぶ昔の過去問に取り組ませてみたが、悲しいほど解けず、過去問を解く時間の4倍は直すのに時間を要した。女の子は過去問直しのノートをキレイに書こうとするので時間がかかる、と聞いていたがまさに娘もそうで、ノートをカラフルにペンで飾ることが目的になっていそうだったので、何度か注意をした。

本人が分析シートを書かないので、小学校に行っている隙に塾のリュックから過去問を取り出し、シートに点数を記入する他にもExcelで管理をした。

それでも、この過去問管理の大切さは、私自身甘く考えすぎていたと痛感している。

過去問で、娘が何が出来て何が出来なかったのか、きちんと分析するまでの時間の余裕がなく、Excelで点数とスケジュールだけを管理し、その他の全てを塾に任せてしまっていた。

その結果、たくさんの過去問に取り組んでもなかなか点数が上がらず、ただ無駄に新しい過去問を消化しているような気持ちになったことが何度もある。過去問を大量に解くことで、本番の難易度相当の問題に慣れて、徐々に時間配分が上手にできるようになったのは確かなのだが、ただ闇雲に解けば良いというものではないと言える。

間違えた問題の傾向だけでも把握し、弱点対策は講じるべきだった。しかし、過去問に慣れていない親が分析するのは難しい面があり、こういう時こそ塾に相談するべきだったと今になって思う。

ちなみに、娘は第四志望校の過去問との相性が良く解きやすいようで、その過去問ばかりを解きたがっていた。本人が解きやすいため自然と成績も良く、秋頃には合格者最低点に達していたので、親としては安心材料であった。

一月の前受校に一度不合格だった時、取り返すかのようにその日すぐにこの学校の過去問を真剣に解き、合格者最低点を超えて安心していたことを思い出す。このように、本人が解きたがる問題を出してくれる相性の良い学校が早めに見つかると良いと思う。第四志望校は本番でも余裕があり、終わった後に唯一「受かったと思う」と手応えを伝えてくれた。おそらく、娘の実力相応校はここなのだとも思える。

 

10.志望校を早めに決める

長期休暇にやらせることがないから、何もやらないよりは何かやる方がいいから、友達が通い出したから、学童の代わりに、親が勉強を見れないから…等、ライトな理由で中学受験を始める家庭は少なくないように思う。我が家もきっかけはコロナ禍。学校が一斉休校となり、公立の小学校でサポートも手厚くなく、両親共働きで娘に取り組ませることがなかったため、長時間預けられ勉強を見てもらえ、たくさんの宿題が出る中学受験塾を選んだのがスタートだった。

塾も勉強も嫌いではなかった娘だったので、始めはとにかく良い成績を取り続け、特待生で塾を続けることを目標にしていたが、中学受験のことは何一つ分かっていなかった。中学受験塾に通うということは(ほとんど)私立中高一貫に通わせることであり、通わせたいと思う親と通いたいと思う子がいるという当たり前に4年になった頃気づいた。

コロナ禍が落ち着くまでは、塾長に話を聞いたり、中学受験の本を読み漁ったり、インターネットで調べたり、学校のパンフレットを取り寄せたりして情報を集めた。その後コロナが落ち着き、学校説明会や学園祭の外部参加が再開された頃、興味のある学校を予約して回った。(人気の学校は予約開始1秒で満席になるのでとても驚いた。大抵両親共に仕事をしている時間だったので、予約できない学校もあった。)

娘は中学受験を一緒に頑張る友達がいたので、幅広い偏差値帯の学校の学園祭に出向いたり、妻と一緒に学校説明会や授業体験会に、5年の秋頃はほとんど毎週末どこかに出かけていた。これは結果的に併願校含む受験校を選ぶ際にとても参考になった。色んな学校を見て回ることで、ここに行きたいと本気で思える学校が見つかったこと、逆にここは行きたくないと思う学校もあり、第一志望校への想いがさらに強くなった。

そして、第一志望校に関係する模試は必ず受験し、その学校に合格するためにはどのくらいの成績を取らなければいけないのか、今の自分の立ち位置を意識して勉強ができたように思う。

周囲の子を見ても、志望校が早くに決まっていて、その学校を熱望し、その学校に通うことを目標に勉強している子の方が合格を手にできている。

娘の繰り上げ合格も、志望校への強い思いが一念天に通じたことで、勝ち取れたものだと思う。

 

長くなってしまったので③に続く。

合格の秘訣①

随分と偉そうなタイトルなのだが、我が家が3年間本気で中学受験をし、教訓を得た事を挙げていく。

これから息子達も控えており、備忘録も兼ねて。

 

1.必要な勉強量を確保する

目標の偏差値に達するために必要な最低限の勉強量があるように思う。塾の先生の教え方だとか、いかに効率良く勉強できるかとか…確かにそれも大事であろうし、それらがあれば勉強時間はある程度減らせるだろうが、それでも最低の勉強時間のラインがあるように感じた。私の知る限り、あまり勉強していないけど成績が良い子、は中学受験をしている子の中にほとんどいなかった。

今の中学受験は新4年(3年生の2月)にカリキュラムをスタートさせるのが一般的で、四谷大塚の予習シリーズで勉強をする場合は、やはりそのタイミングで始めるのが良いと思う。(少なくとも算数と国語は絶対)5年から始めた知人の子曰く、4年のテキストでしか習わない内容があるらしく、2年間非効率なやり方で苦労をしていたことが後々分かったらしい。4年時点の偏差値から最終偏差値は大きく変動しないと言われてはいるものの、ゆるやかに成績は上がっていくのが普通で、4年からの3年間と5年からの2年間では1年間の勉強時間の差が生まれてしまう。理科や社会などの暗記科目はその時にどれだけしっかり暗記しても忘れてしまうので、何度も繰り返し同じ単元を学習するカリキュラムになっているためあまり問題にはならないが、国語や算数の差はなかなか埋まらないように思う。


2.塾のテキスト以外の教材で弱点対策をする

娘は塾の宿題はほぼ全て取り組み、週テスト前には間違えた問題を解き直し、組分けテスト前にもう一度範囲内の問題を解き直していた。つまり少なくとも3周は同じ問題を繰り返し学習した。その後も主要なテキストは受験直前まで学習した。よって、予習シリーズと問題集はほぼ完璧にこなしたと言って良い。しかし、理科や社会の記述問題は最後の最後まで苦手なまま、本番でも満足に解けなかった。理科の苦手な単元は予習シリーズを読み込んだり問題を何回解いても、やはり内容や解説が理解できず、6年秋以降に成績低迷。その後も挽回することなく、最後まで足を引っ張った。塾の教材をやり込むだけでも相当な時間がかかるのだが、弱点は別の教材で補完するべきだと思う。特に予習シリーズは算数の解説に比べて理科の解説は詳しくなく、なぜそのような式になるのか、解説を読むだけでは分からない箇所があるのだ。大型書店に行くと中学受験の対策本が山のようにあるので、その中から子供が興味を持てて取り組めそうなもの、解説が丁寧で分かりやすいものを探して解かせる、等の対策を講じるべきだった。本人にやる気があるなら一緒に選ぶのが最も良いと思うが、娘のように塾の子がやっていないテキストや問題を取り組むことをすごく嫌がるなら、塾の先生と親が組んで、追加の市販教材も塾の宿題として出してもらう等の工夫はできたように思う。


3.学んだ知識を実生活に活かす

娘は最高位のS1には一度も届かなかったが、同じクラスに5年生の組分けテストでほとんどS1を取得し、一度組分けテストで全国1位を取った男の子がいた。その子は入塾タイミングが娘と同じため、ずっと同じ先生に教わっていたことになるのだが、どうしてこんな差が生まれて縮まらないのだろうと考えていた。幼少期の情操教育やこれまでの育て方、本人の性格や科目の得手不得手など、様々な可能性を探ったのだが、おそらく一番大きいことが「学んだ知識を机上で終わらせず実生活に結びつけようとしているか」ということのように思う。娘は学んだ知識をテストには使うが、それを深めようとか、もっと知ろうとするような知的好奇心は少ない。S1を取れる子は、知り得た知識をテスト以外で使ってみようとか、もっと知りたいという意識が高い子だったように思う。


4.毎日継続して勉強する

成績の良い子、受験で結果を出した子の多くは、毎日必ず計算、漢字、語彙を学習していたようだ。6年からはそこに理科と社会の基礎知識が加わる。毎日5分でも、これを続けられる子は本当に強い。娘も毎日なんらかの勉強はしていたが、ここに挙げたものを毎日取り組むことはしなかった。計算や漢字は受験初期から「まとめてやらずに毎日少しずつ解くように。」と言われていたが、一度も守らず、毎回まとめて解いて一気に提出していた。(塾長から再三注意を受けたが、最後まで改善することはなかった)ちなみに、朝早起きしての学習も勧められていたが、全くやる気がなく早く起きることもなく、早々に断念した。


5.必ずテスト直しをする

娘から聞いて耳を疑ったのが、模試やテストの直しを指示しない塾があること。私からするとこれはありえない。何のためにテストをするのか。その範囲の理解度を確認することが目的で、分からなかった問題や間違えた問題を放置していては一向に分からないままだと思う。勉強は「分からないことを分かるようにすること」だと考えていたので、娘には週テストは終わってすぐに塾で、組分けテストや合不合判定テストは正答率の情報が出てから、必ず解き直しをさせた。ただし、その子のレベルに合わせた取捨選択は必須と思っていたので、Sクラスの週テストなら正答率30%未満、組分けテストや合不合なら10%未満は解き直しができなくとも良し(解説を読むだけでオッケー)としていた。さらに間違えた問題は次の週テスト前にもう一度取り組み、取りこぼしのないようにした。暗記系の科目は除き、答えだけ覚えていてしまっている場合があるので、どうしてそのような答えになるのか、間違えた問いの全てで説明させるのが良かったと思う。これは後々気付いたことだが、娘は苦手な理科の勉強を嫌がっていたので、おそらく答えだけを覚えて2度目以降回答していたのだろう。苦手を認識できたのがとても遅かったことは、これが原因の1つのように思う。


6.1週間で理解する

毎週新しいことを学ぶカリキュラムになっているので、分からないことがあっても全て理解してから、次の単元に進むことができない。落ちこぼれを作らないようにのんびり進めていては、中学受験のために学ぶべき内容の全てを消化できないので仕方のないのだろうが、1週間の中でいかにしっかりと理解し、応用や発展問題まで取り組めるか、スピード感を求められてしまうのが中学受験と思えた。ここは一番もどかしかったことなのだが、学力の差が如実に現れてしまうところだと思う。Aコースは例題と類題を理解すること、Bコースは基本問題まで理解すること、Cコースは練習問題まで理解すること、Sコースは発展や応用問題まで理解すること、が目標と聞いていたので、上のコースを目指すなら、1週間の内にその上のコースの子が学習することが出来、さらに理解しなければいけない。当たり前にS1を取れるような子は最難関問題集の応用Aまでは普通に解き、得意な単元は応用Bも取り組んで難問に慣れておくレベルだと感じる。娘は頑張っても応用Aまでが限界であったし、苦手単元では最難関問題集は相当な苦労を強いられた。家庭学習で取り組む問題の取捨選択はとても大事だ。志望校のレベルから、本人がどこまでを学習する必要があるのかは大人が判断するべきだ。


7.塾を休まない

6.に繋がるのだが、毎週新しいことを学び、1週間で単元を理解しなければいけないカリキュラムのため塾は休めない。休んでしまうとその単元をどこかで取り組まなければいけなくなるが、中学受験の標準的なスケジュールではほとんどその余裕がない。よって、普段休んでいる時間や遊んでいる時間に取り組むか、長期休暇の季節講習中に消化するしかない。娘は中学受験の全期間を通し、テストを休んだのは1回のみ、塾を休んだのは学校行事や家庭の都合で数回のみ、体調不良で休んだりサボったりしたことは一度もなかった。そのくらい塾が好きだったのだが、身体も強かった。私は中学受験は学力はさることながら、体力があり健康で病気をあまりしない子が向いていると思っている。

 

8.塾任せにしない

塾に全てをお願いしたい親は想像以上に多いらしい。夫婦共働きで受験の伴走ができないので親の負担が少ない塾を探している、という話はよく耳にする。しかし私の知る限り、完全に塾に任せて第一志望に合格できた子は一人もいない。やはり、中学受験は親子の受験だと思う。

塾のお弁当を親が作って持たせる、塾の送り迎えをする、模試会場まで見送る、学校見学を予約して連れて行く、こういうことが小学生1人ではできず親のサポートが必要だから親子の受験と呼ばれる、というわけではないと断言できる。

小規模で面倒見の良い塾は存在しているとは思うが、ずっと同じ先生が子供の特性をしっかり理解して見てくれることは多くないのではないか。少なくとも住んでいる地域では無い。また、家庭学習で差がつくので、親の勉強のサポートは必須だと思う。私が具体的にした勉強面のサポートは、日々の学習スケジューリング、丸付けと間違えた問題のチェック、各テストで間違えた問題と正答率を確認する、成績管理、テスト前の一問一答、過去問の準備と計画、過去問の成績管理…など多岐に渡るが、こういうことを親がする必要があるから親子の受験なのだと思っている。これらに関して、親が関与せず塾任せや本人任せにできる、と思ったことは私は一度もなかった。娘は成熟しているタイプであるが、やはりまだ小学生だ。目標の学校には行きたいけれど、どうすればそこに到達できるのか正確に判断できない11歳や12歳が、志望校合格だけをモチベーションに1人で勉強するのは難しいと思う。孤独も感じるだろう。多くの塾が、成績管理や過去問管理や苦手対策を一人一人に懇切丁寧にできると思えない。高いお金を払い、たくさんの時間を投入する中学受験を成功させたいなら、一番子供の事を分かっている親も子供と一緒に頑張るのが正解だと思う。

戦いの顛末

2月5日

第4志望校の合格しか手にしていないまま、この日を迎えていた。

1日から5日まで6回試験を受け、合格はたった1つ。今日は7回目の試験だ。

朝からミゾレが降っていてとても寒く、午後から雪の予報だった。東京と神奈川の試験は5日が実質的に受験最終日であり、受験生達は皆とても疲れているように見えた。

娘は今日が、どんな結果であれ中学受験最終試験日であること、この長い中学受験期間がやっと終わることが分かっているからか、朝から表情は明るかった。最終日まで受験を続けたその栄誉を讃えたい。

この数日間、不合格という結果を何回も目にした。娘は試験中の手応えで大体結果が分かるようで、不合格を伝えても意外にも反応は薄かったが、親の私は内心とても焦っていて、精神的にとても堪えていた。

まだ12歳の子供に不合格を何度も経験させてしまった。本人は、2月の試験に全落ちしたら、1月の前受け校へ入学すると言い(前受け校は家から遠いが、電車を沢山乗り継ぐ必要がないので、比較的行きやすい)本人が納得ならそれでも良い、とその時は思っていた。しかし何日間も連続して、不合格の文字を見ること、自分の番号が載っていない合格発表の画面を見るのは、家族も辛く、皆なんとか空元気で家庭内を明るくしていた。本人はとても辛かっただろう。落ち込んでいるだろう。しかし、親や兄弟にはそれを見せないよう、彼女なりに気丈に振る舞っているように見えた。

 

想像していたよりもはるかに合格が難しいこと、結果が出ないことに動揺し、12歳の試験の難しさを痛感した。どれだけ合格可能性が高くても80%の設定なのは、残り20%は当日のコンディションでいかようにも変わるからなのだろう。

 

ここに、四谷大塚の合不合判定テスト、80%合格ライン偏差値と、6年の合不合判定テスト6回分の娘の合格可能性を記す。

第1志望校 69 65% 80% 70% 20% 55% 80%

第2志望校 67 80% 80% 80% 30% 70% 80%

第3志望校※ 69 80% 80% 40% 20% 35% 75%

第4志望校 68 80% 80% 80% 20% 55% 80%

※算数、理科の2科目判定

 

夏休み以降の模試4回分の合格可能性を足して、200%を超えることが受験校選びの一つの目安。と聞いていた。

第1 225% 第2 260% 第3 170% 第4 235%

第3志望を除き、十分狙える範囲だと思っていたのだが、戦績は2/5の時点で

第1×××、第2×、第3×、第4◯

この結果から、足して200%が安全なのではなく、一度でも低い合格可能性を取る学校に安全などない、と考え改めた。

 

第4志望校しか合格をもらえずにいたので、第4志望校に入学する腹を括っていた。

合格は「うちの学校に来て下さい」と言ってもらえているような気持ちになる反面、1度でも不合格だと入学への気持ちが萎えてしまう。初めて、そんな感覚を覚えていた。これは娘も同じだろう。

これだけ不合格が続いていて、それでも頑張れとは口が裂けても言えず、これまで精一杯頑張っていて今もなお頑張っている娘を思い、私は中学受験勉強を始めた3年間で初めて涙が出た。(妻と弟は号泣)

受験期間中、毎日色んな声がけをしていたが、正解は最後の最後まで分からなかった。

 

娘は、2/1から2/4まで毎日試験後、塾に行った。問題を持ち帰れる学校は持ち帰った問題で、持ち帰れない学校は四谷大塚の過去問データベースで、先生と共に解き直しをした。

どの学校も、得意な算数で難易度の高い問題が出てしまい、本人が動揺して思うように解けない。平均点が低いので、算数で点数を稼ぎたい娘には不利な状況が続いていた。逆に、不得意な理科が今回たまたまどの受験でも易化傾向にあり、高得点勝負となることも辛かった要因の一つ。本人の再現解答では、社会はよくできていた。国語は難易度の高い論説文が普段よりも読めていないこと(国語から試験が始まる受験校が多かったためか…)、塾でも家庭でも、何度も練習した記述は本番もイマイチな出来であった。

 

どうか娘の頑張りを認めてくれる学校がありますように。

第一志望校の最後の試験で、娘にはこのように伝えていた。

「最後は気持ちが強い方が勝つ。それで10点も20点も変わることがある。自分がこの学校に行くんだ、そのためにこれまで頑張ってきたんだ、としっかり自信を持って。1点で明暗が分かれてしまうから、1点でも多く点数を取ること。緊張したら、これまでの模試と同じで、目の前にある問題を解くことだけに集中して。挫けそうになったら、応援してくれる人の笑顔を思い浮かべて。その人達が必ず力をくれるから。最後の1秒まで絶対に諦めないで問題を解くこと、これだけは約束してほしい。」

 

 

そして、その時は訪れる。

2/5の12時過ぎ、第1志望校から繰上げ合格の連絡をいただく。

 

最終日に受験していた第2志望校も合格していたので、最終戦績は

第1志望◯、第2志望◯、第3志望×、第4志望◯

娘は3つの学校から『合格』をいただくことができた。

 

長く長く、時に険しく、しかしそれ以上に、とても有意義で楽しい、娘の中学受験の全てが終了した。

1月の過ごし方

受験まで残り1ヶ月と迫る1月。

冬休み明けは1日だけ、冬休みの宿題を提出しに小学校へ行き、その後は家か塾で毎日を過ごした。

塾に行く日は、朝から本校の自習室で、やり残していた過去問、塾で出される弱点対策プリント、四谷大塚の志望校対策コースのテキストの解き残し、いずれかに取り組み、授業がない日は20時頃まで自習室で過ごして帰宅。塾で授業がある日は、本校から電車で自教室へ移動し、夕方から授業を受けて22時頃帰宅していた。

一日中家にいる日は、受験本番と同様の開始時間で過去問を4教科ぶっ通しで取り組み、午後は過去問の直しをした。その内数回は午後受験を見据え、午後も本番同様の時間で過去問を取り組むという生活を送っていた。

娘は小学校を休んで電車に乗り、本校の塾へ行くことに抵抗感を感じていた。子供が1人で平日の日中歩いていたら補導されるのでは、と心配していた。

小学校は休んでもいいし休まなくてもいい。勉強する場所もどこでもいい。最後の1ヶ月、悔いなく過ごせるよう娘本人の判断に任せた。

移動時間が無駄にならないことと、娘はお弁当が好きではないようで(おかずとご飯が冷たくなるのがどうしても嫌らしい)、家で勉強する方が多いかと、なるべく夫婦のどちらかがテレワークを取って家にいることにしていたが、結局週3日か4日は塾に行っていた。

好きな先生がいて分からないことをすぐに聞けるからか、お友達と一緒に頑張れるからなのか。

娘は塾が大好きだった。身体が強く体調を崩すこともほとんどなかったので、学校行事で休まざるを得ない日を除き、ほぼ皆勤賞で通ってきた。オンライン授業も嫌がるタイプで、塾での授業とみんなで勉強することを心底楽しんでいた。塾に行きたくないと言ったのは、組分けテストで何度かCになってしまった時に、友達に報告するのが恥ずかしくて嫌だった時(当然友達同士報告義務はないが、やはり話題にはなるので、周りの子より低いと落ち込む)くらいだったと記憶している。

今の塾で学ぶことが、もう少しで終わってしまうのは、名残惜しかったのかもしれない。

 

過去問の取り組み状況は、最終的に以下であった。

第一志望校 8年×3回

第二志望校 7年×3回

第三志望校 4年

第四志望校 4年

四谷大塚の志望校対策コースで、第一志望校3回目の過去問が宿題として出ていたこと、塾の土曜特訓で、第一志望校と第二志望校の過去問は授業で解くことが多く(第一と第二は問題形式が似ているらしく、どちらも授業でよく扱っていた)第一志望校と第二志望校の点数を、私があまり把握できていなかった。

過去問分析シートに、本人の4科の点数、その回の合格最低点、科目毎の合格者平均点、合格者最低点、自己分析を書く欄があるのだが、娘は本当にこれを書いてくれず、塾の先生から電話がきたこともあった。塾へ行かない日に、リュックから塾で解いた過去問を取り出して記入、過去問本から情報を抜き出して記入、ということを繰り返していたが、1月は塾で家を空けることが多く、リュックを持って行ってしまうので探す時間も限られており、残念ながら見つからない過去問もある…。

授業で配られたが使わないプリント、使い終わったプリント、解き終わっている過去問のプリント、使い終わったノートまでも娘はリュックに詰め込んだまま持ち運んでいた。

最後は小さい子供1人分はあるであろう重さのリュックを持って塾に行っていた。私から、妻から、何度もリュックを整理して軽くするようお願いしていたが、娘は「授業で見返すかもしれないし、使うかもしれないから。」の一点張りで、全く聞く耳を待ってくれないのだった。

 

第三志望校と第四志望校の過去問は、私が全て管理できたため、何が良くて何がいけないのか把握することができた。

娘は第四志望校の過去問との相性が良く、家庭学習では特に解きたがった。算数が簡単らしく、良い点数が取れるので楽しく取り組めるのだ。しかし、第三志望校の過去問は大変苦労をした。理科が難しくて思うように点数が取れない。加えて、最新の過去問では得意なはずの国語で50点満点中11点を取ってしまい、相当落ち込んだ。

第三志望校は理科の比重が高いが娘は不得意。合不合判定テストの合格可能性は第一志望校、第二志望校よりも低く、本当にこの学校受けるの?と何度も疑問に思ったが、娘は受験したい気持ちが強いようだったので、受験は認めることにした。

過去問との相性が大事、という話をよく聞く。

難関校の場合はどの過去問も難しく、合格者最低点は取れたり取れなかったりを繰り返すものだが、その中でも本人が解きやすいと思える学校の過去問があると安心するものだ。

娘はたまたま第四志望校がそれだったので、最悪のケースを想定しても、おそらく第四志望校は合格できるだろうと腹積もっていた。

 

いよいよ、本番まで数週間と迫るある日。

四谷大塚の志望校対策コースから、最後の授業で取り組んだ実践テストの成績が送られてきた。得意な算数が大コケで平均程度だったが、それよりも、理科と社会がなんと受講者内最下位であった。それを見て娘は愕然。これは何とかせねばまずいかもしれない、と本気で思ったのか「お父さん、社会のテキスト全部やり直したい。今やれば、本番まで忘れないと思う。」との提案。これは受験前、私が一番嬉しかったことだ。娘から自主的に苦手な科目の勉強をしたいと申し出てくれた。しかも全部。

娘の気概を感じ、1日仕事を休むことにした。朝からやれば何とか終わるはず。

ということで、社会の5年上下巻、6年上巻の演習問題集の全てを口頭でやり直した。一度間違えた漢字は書かせた。少し休憩は挟んだものの、結局朝から晩までかかって全て解き直すことができた。

こうなってくると、理科もやらせたくなってくる。理科はどうする?と提案すると、

うーん。理科は大変だなぁ…苦手なところだけでもいい?

とのことで、苦手な単元を重点的に取り組むことにした。

実際、理科は社会よりはるかに時間がかかった。問題文が長く読解と計算が必要な問題が多いからだ。基本問題と練習問題をどちらも解かせたかったが、本人の負担を考え、基本問題は全て、練習問題は間違えた問題からピックアップして取り組んだ。

5年の時には解けなかった問題がさらっと解けるようになっていて驚いたり、逆にこの期に及んで分からない知識問題があると焦ったが、理科もやりたいところは全て終わらせることができた。

 

そして、私と娘の中学受験勉強は終了した。

もうこうやって一緒に勉強することはないだろうと思うと切なくなる。それと同時に、娘の大きな成長を感じてとてもとても嬉しく思えた。

娘ならきっと大丈夫。最後は本気でそう思えた。